「丸投げ」が常識の中国で質重視の仕事はできるのか

                                 姫田小夏

福島第一原発の爆発事故が起こって以来、中国では「中国の原発は安全だ」「先進技術だから安心だ」のアナウンスがボルテージを上げている。だが、本当にそうだろうか? 「あまりに大胆な発言では」と警戒する国民もいれば、「安全だというのは危ないことの裏返し」と深読みする中国人もいる。

 筆者は「門外漢」なので、中国の原子力発電所の安全性について技術的側面からの議論は差し控えるが、発電所建設に携わる人材という角度から言えば、かなりの確率で「人災」が起こりうる可能性を指摘することができる。

 

実は中国でも学識経験者らが危惧するのももっぱらここで、「工事を請け負う労働者と現場の管理監督ができるのか」という点に関しては極めて懐疑的なのである。

 

中国における建設現場では「分包」、すなわち下請けに出すというそのやり方が問題になっている。ズバリ言えば「丸投げ」。日常茶飯にやられている行為ではあるが、これがもたらす事故は枚挙にいとまがない。そのひとつを例に挙げるならば、2010年11月15日に起きたあの上海のマンション大火災がそれだ。

 

原因を突き詰めるとこの「丸投げ」が浮かび上がる。

 

53人の犠牲者を出したマンション火災は、外壁に組んだ足場の防護ネットに溶接の火花が引火したのだが、そもそもこの工事は、上海市静安区建設総公司が請負い、上海佳芸建築装飾工程公司に改修作業の一部を下請けに出したものだった。ところが、上海佳芸はさらにそこから2つの会社に丸投げした。中国の建築法では、請け負った工程のすべてをさらに下請けに出す行為、あるいは無資格の業者に出すことが禁止されている。

 

このように経路が複雑化すれば、管理監督が行き届かなくなることは目に見えている。また、請け負う側にとってはもともと予算に乏しいのが前提、さらにそこから利益をひねり出すには「安全だ、クオリティだ」などとは言ってられない。結局、「質を問わない施工」になってしまう。

 

しかも、実際に現場で働くのは一日100元の賃金労働者、いわゆる民工である。マンション大火災の現場で働く民工に対しては、事前に10日程度のトレーニングもあったというが、安全面の意識や技能面での向上は数日程度で期待できるものではない。タラタラとくわえタバコをしながらの作業、ルールはあれど「ま、いっか・・・」、彼らの作業の質はお世辞にも高いとは言えないのである。

 

順法精神のなさ、丸投げ体質、現場管理の不行き届き、さらには仕事ほしさに金額を落としての入札。確かに「丸なげ」は日本のゼネコンなどでも多く見られるが、中国との決定的な違いは品質基準維持などの順法意識。日本の識者のひとりは「日本では違法が発覚すると、業界から追放されるほどの競争社会、大型工事ではめったに手抜きは起こらない」と指摘する。

 

前述したように、中国の学識経験者が恐れるのは、技術うんぬんではなく、むしろこうした建築現場のモラルハザードなのである。将来、中国で原発事故は起こらないとはだれも保証できない。起こるとすれば、それはきっと「人災」によるものではないだろうか。

 

さて、中国ビジネスには業界問わずこの丸投げ体質が存在する。入札した仕事を請負に丸投げ、さらにそこから中間搾取して丸投げ、と責任の在り処がどんどん不透明になっていく過程は、中国のビジネスにおいてもほぼ普遍的にもなっており、最終的にトラブルや事故につながる怖さを誰もが実体験として持っている。

 

旅行業から、イベント業、小売業に至るまで、手っ取り早く利益を上げるための「ちょっと、これお願いできないかな」などの、安易な丸投げが後を絶たない。旅行業界では「VIPツアー」と称して下請けに出した結果、超エコノミーツアーになってしまい、訪日旅行客の怒りを買ってしまった。ある日本企業が「サンプル配布」に中国の会社を起用したがいいが、丸投げ故に適当に処理され、サンプルが入った段ボール箱は埃を被ったまま、いまだ事務所の片隅におかれたまんま・・・。中国ではことさら、この「丸投げ体質」にご用心、である。