中国のファッションビジネス

                 中国ファッションビジネス評論家 サダ ナオコ

【サダ ナオコ プロフィール】

 大学卒業後、イタリア高級紳士服ブランド、エルメネジルド・ゼニアグループの日本法人に入社。本社のリテイルオペレーションを学ぶため、2 年間イタリア ミラノで研修。帰国後、東京の第一号フラッグシップショップ開店プロジェクトを担当。その後、中国、香港、台湾地区マーケットのマーケティングマネー ジャーなどシニアマネジメントとして勤務。中国では、1992年からハイ・エンドブランドマーケット開拓に携わる。2008年大阪にサダオペ レーションコンサルティング株式会社を設立しビジネスコンサルタントとして独立。

 

 私はハイエンド・ブランドと言われるイタリアメンズファッションブランドビジネスに30年近く携わってきた。

 ハイエンド・ファッションブランド(高級輸入服飾品)とは限られた富裕層を顧客層とする隙間産業であり、ビジネスの中ではマイノリティと言ってよいだろう。現在の世界不況の中、世界中の大部分のマーケットで大苦戦を強いられている分野でもある。

しかし、ハイエンド・ブランドはマイノリティであることに存在価値がある。

 ハイエンド・ブランドは顧客に「いつか手にしたい最高の逸品」というあこがれの気持ちを抱かせ、それを持つことによって充足感を満たしてもらえる対象でなくてはならない。つまり、誰もがいつでも手に入れることのできる物ではないことにその存在価値があると言っていい。そこには品質・デザインはもちろんのこと、そのブランドの持つ歴史やイメージ、逸話など、目に見えない希少な付加価値がなくてはならない。

 

ハイエンド・ブランドの悩み

 

 現在はデザインも品質も優れた商品が手ごろな価格で市場にあふれている。ハイエンド・ブランドと言われる商品からも、手の届きやすい価格帯の商品が随分出てきている。しかしながら、多くの人があこがれ、手に入れたいと望む対象が簡単に手に入るようになってしまったら、高級品としてのブランドの存在価値は薄れる。

 できるだけビジネスを拡大させるため、より幅広い商品を提供し、より多くの顧客を得ようとすると、ハイ・エンドというくくりに居続けることは難しくなる。そこから、手の届かない夢のブランドは消えてしまう。しかし、激しい競争の中、一部の層の顧客だけを相手に人々の夢のブランドであり続けることもまた厳しい。

 バランスをどうとっていくのか、すべてのハイ・エンドブランドにとって大きな悩みである。

 厳しい経済状況の中、ハイエンド・ブランドはどのように生き残っていくことができるのだろう。もう一度、ブランドの原点に立ち戻って、そもそも何が顧客の支持を受けてきたのかを省みることも必要ではないだろうか。

 

中国の富裕層の大きな購買力

 

 中国ではブランドビジネスは依然として成長を続けている。リーマンショック以後の大不況が世界中のハイ・エンドマーケットに厳しい状況をもたらしている中で、中国の顧客の消費意欲は衰えを見せていない。大都市の富裕層には、日本を覆っているような悲観的な未来への閉塞感はないようだ。

 彼らの自国への自信がより新しい物へ、より高品質な物へ、より高級な物へという購買行動を支え続けているように思われる。

 そしてさらに、改革開放政策のもと、自分たちの力で大きな財産を築き上げ、中国でのブランドビジネスにとっての主たる顧客層であったニューリッチと呼ばれた年代を親に持つ二代目も、彼らの親世代に続いて高級品市場を支える新しい顧客層になっている。

 私が携わっていたブランドが20年近い前、中国本土に参入したころに比べると、中国の顧客のブランドや商品・ファッションに対する知識は格段に深くなっている。現在、中国の多くのホワイトカラー層が欧米やアジアの国々で休日を過ごすのは珍しくない。

 中国の人口から考えると当たり前だが、中国のマーケットで高い知名度を持つハイエンド・ブランドの欧米の店では、かつての日本人を上回る数の中国からの旅行者が買い物をしている。逆に言えば、香港などは、中国本土からの顧客なしにはビジネスが成り立たない状態だろう。

 つまり、中国でのブランドの知名度がブランド本国の店の売り上げに影響するのだ。

ブランド本社にとって、中国マーケットは、顧客の数と購買力において最重要マーケットの一つになっているのだ。

 

日本人こそが世界で必要される

 

 アジアのマーケットはどの分野のビジネスにとっても、今や最も安定した成長可能な最重要市場である。そこに必要なのは優秀な現地でのマネジメントだ。

 どれほど商品がよくても、出店計画やイメージ作りを含む総合的なブランド戦略で失敗するとビジネスの確実な発展は望めない。私の勤務していたブランドが中国本土に参入した時のマーケットヘッド、マネージングディレクター(MD)はブランドビジネスの経験豊富な日本人だった。現在の中国本土、香港・台湾地区でのこのブランドの成功の礎は、日本人とヨーロッパ本社、そして現地中国本土のスタッフ達との共同作業の成果であったことは間違いない。

 現地の事情を知り抜く日本人マネジメントがヨーロッパ本社のトップマネジメントたちと出店・商品計画やビジネス戦略を粘り強く話し合っていたのは価値観の偏りを防ぐ上で有効な手段だったと思う。本社が現地に駐在する日本人マネジメントに全面的に中国本土、香港・台湾地区のマーケット開拓の先頭に立つことを任せた理由の一つは、日本人の持っている洗練されたマネジメント力への信頼であったのだろう。

 商品を販売するには、自分たちが売ろうとしている物への情熱が不可欠だ。

 情熱を人に教えることは難しい。しかし、日本人ほど情熱的に仕事や商品に打ち込めることのできる者はいないだろう。しかも、ファッション文化の面でも日本人は欧米の商品をより深く理解しているし、洗練された独自の感覚を持っている人も数多い。

 アジアと欧米双方の文化を理解し、なおかつ情熱を持って仕事に取り組める日本人──これほど世界中の仕事の場で必要とされている人材はいないのではないか。現地のマーケットの実情を理解し、欧米の本社の意向も把握した上で両者のバランスを取りながらビジネスを広げていくのは、日本人にこそ適した役割ではないだろうか。