「政治に利用されるいかなるものは、芸術だとはいえない」と激辛コメントもあった、バレエ「白毛女」

                                 姫田小夏

53日、松山バレエ団の「白毛女」を観に行った。「白毛女は、僕ら文革世代は腐るほど見せられ、毒されたもの」と日本在住の中国人がコメントするように、当時はイデオロギーの宣伝に使われた革命劇だった。それが今この時代に、松山バレエ団により改訂版(第3バージョン)が出されることの意義はどこにあるのか。そんなことに思いをめぐらせないではいられない。

松山バレエ団の作品はたびたびこのbunkamuraで観ているが、観客はいつも集まる「洋子ファンの豆バレリーナ」とは違って白髪まじりのご老齢者が多かった。勧善懲悪はわかりやすいストーリー、ましてや中国ファンは拍手喝采を惜しまないではいられないだろう、いつも以上に「ブラボー」が飛び交い、観客の興奮が伝わってきた舞台だった。

 

さて、幕が上がると、アップテンポで一気にクライマックスへ。変化に富んだ幕場の舞台装置には資金的妥協は垣間見られない。私自身も、いつもの古典モノよりも十分に楽しませてもらった。振り付けはテクニックの見せ場こそ少ないが、中国の古典舞踊や京劇をも思わせる独特の振り付けをも取り込んでいるのか、新鮮なものを観ることができた。鄭一鳴氏も北京にお稽古場を設けたこともあり、しばらくご無沙汰だったが、この舞台では生き生きと「趙じい」を演じていた。何より、清水哲太郎氏が若々しく青年を演じていたのはよかった。古典モノよりずっといい。水を得た魚同然だったように思われるのは気のせいだろうか。確か文革中に北京に留学していたと聞くから、血湧き肉躍るものがあったのだろう。

 

松山バレエ団はいまなお両国が認める日中の文化交流の架け橋だ。中国から首脳含め要人が来れば必ずここに立ち寄る。バレエ団の団員たちは大勢が黒のフォーマルスーツに身を包み、要人歓迎の花道をこしらえる。何を隠そう、同バレエ団は、日中の文化交流を使命に、文革前、文革中、文革後と絶えることなく訪中公演を続けてきたのである。当時は、内閣が替わるたびに対中政策も変わるという時代を背景に、「アカ」のレッテルを貼られることもあったという。

 

さて、この「白毛女」だが、実はかつて外交カードとしても使われてきた、日中の国交を正常化に向かわせた陰の立て役者でもあった。

 

1958年、日中が国交を下記服する14年前に、松山バレエ団による初の訪中公演として「白毛女」が上演された。ちなみにこの使節団は日中文化交流協会が誕生したのち、初めて送り込まれたものだった。

 

そもそも「白毛女」は、1955年の中国映画「白毛女」を見た清水正夫・松山樹子夫妻がバレエ化に踏み切ったもので、制作を清水正夫氏が、振り付けと主演を松山樹子さんが行ったものだった。

 

中国で上演された日本人によるバレエ「白毛女」に、観衆は「日本から来たバレエ団が自分たちの革命を踊っている」と感激したそうだ。中国人にとって映画「白毛女」はなじみがあるが、バレエとして鑑賞するのは初めてだった。

 

中国初公演は、徹夜で切符を買う人の列が続き、空前の「白毛女」ブームが起こった。夫妻はその著書『バレエ白毛女 はるかな旅をゆく』の中で「(バレエに)言葉がないというのも却ってよかった」と振り返っている。

 

日中友好の礎は労組、貿易、科学、宗教など各方面によっても築かれたが、バレエを通しての芸術交流が日中国交回復の糸口になったことは案外知られていない。

 

清水氏がその著書の中で「中国は、アメリカと話し合おうというときに米卓球団を北京に招待することで、米中関係改善への民間レベルでの糸口をつかんだ。次に日本と話し合おうというときに、バレエが日中間を取り持った」と描写している。

 

つまり日中国交正常化を取り持ったのは、他ならないこの「白毛女」だったのである。

 

1972711日、中日友好協会副秘書長の孫平化氏が団長となり、上海舞劇団の総勢208人を率いて日本にやってきた。14日、日生劇場で「白毛女」を上演する一方で、孫平化団長と大平正芳外相が日中国交正常化に向けた公式折衝の準備を着々と進めていた。そして9月、田中角栄首相の北京訪問とこぎ着けるのである。

 

昨年9月以降、揺れる日中関係である。10月には中国公演も控えているというから、

この「白毛女」が日中の交流にどんな影響を与えるかは大変気になるところだ。

 

だが、当の森下洋子氏は日中の友好こそ願え、政治的に動く人物ではない。同氏はかつて筆者が投げた「多くのバレエ団が欧米を目指すのに、松山バレエ団は中国と向き合うのか」という質問にこう答えている。

 

「中国とのつながりが深いバレエ団であることから、一時は『アカのバレエ団』とも言われたことがありました。けれども、私たちはこうした政治的な思想・イデオロギーで動いているのではありません。時として政治が絡んでくることもありますが、世界をつなぎ、そこで手を取り合うことができるのが文化交流だと思っています」

 

「白毛女」をめぐっては、「政治に利用されるいかなるものは、芸術だとはいえない」と中国の有識者の中からは厳しいコメントも聞かれる。しかし、森下洋子氏をはじめとする舞台の作り手たちの思いは政治を越えた人類愛にあることが、作品の端々に、あるいはパンフレットにしつこいほどに書き込まれたメッセージからも読み取ることができるのである。