蜂蜜おじさんの上海堅実ビジネス

                              姫田小夏

中年の日本人男性が上海の古北であま~い蜂蜜を売っている。初対面の会話は、堂々たるスキンヘッドをなでながら、「いつも蜜蝋(みつろう)で磨いているんです」の冗談から始まる。元船乗りだったという千葉県出身の宇佐美言方さん(60歳)が、上海で蜂蜜を売り始めたのは2004年のことだった。今でも地道にコツコツと、かなりマイペースで営業をしている。

 

××をしたらもっと売れるのに」という情報や誘惑がこれだけ上海市場に溢れれば、「やらなきゃ競争に遅れてしまう」と焦ることにもなる。「今、これが流行だ」と言われれば、「見逃していないか」と迷い始める。確かに上海は早い者勝ちの世界だが、あれこれと余計な誘惑も多い市場ではある。売ることに必死になる経営者の、足元を見る業者たちも存在する。

 

それだけに賢明な即断が必要だ。もちろんノーという決断もありだ。このおじさんは、なるべく余計なことを省き「今できること」をひたすら積み上げてきたように思う。「商品が爆発的に売れない」という状況に長年じっと耐え続けている。

 

しかし逆を言えば、「少しずつでも売れている」のだ。

 

筆者がお邪魔した土曜日の午後は、5分ぐらいの間隔で来店客があったような気がする。日本人客が8割だというが、韓国人、台湾人も多い。特に蜂蜜好きの韓国人からは「韓国で売らせてくれ」とラブコールがあったそう(しかし、関税が200%になるので商売にならなかった)。香港人の有名人がこの蜂蜜のよさをブログに書いて、香港人客が増えたこともあった。今、上海では富裕層を中心に健康ブームだから、これに火がつけばメガヒットも夢ではない。

 

10平米ほどの狭い店内に7種類の蜂蜜。売れるのはアカシアとリンゴの花からとれた蜂蜜だ。これらは280グラム入りで38元程度。「ヤハシ密」という特別な個体の蜂蜜もある。ヤハシという稀少な植物から取れた蜂蜜はバターのように固まっていて、それをスプーンで削って食べる。お湯に溶いてもいいらしいが、直接食べてもいい。

 

実はこれが隠れ目玉で、日本では「皇帝の愛した皇蜜」として横浜中華街の関帝廟脇にある薬蜜本舗でのみで売られているらしい。1つ1万円以上する高級品だが、おじさんは180元で売ってくれる。

 

さて、「少しずつ売れている」とはいえ、経営は楽ではない。「大家さんと従業員のために働いてますよ」と頭を掻くおじさん、売上げの半分が賃料で出て行ってしまうそうだ。

 

一方で、中国のネット販売「タオバオ」にも出店しているが、売上げはいまいち。あまりこちらは期待していないそうだ。上海市内でも自分の店以外にも出しているが、目下のところ食品スーパーの「シティショップ」「マルシェ」の2つだけ。

 

「売らせて欲しい」との誘いもあるが、曰く「面倒くさい」。このおじさん、もしかしてかなりのものぐさか?と思ったが、彼の言う「面倒くさい」はそういう意味の「面倒くさい」ではなかった。

 

「各店舗に卸すときに梱包が必要になりますが、上海では段ボールは1000個単位でしか発注できないんです。せめて100個からやってもらえるといいんだけどね。でも、段ボールが解決したところで、今度はクルマが必要になる。すると運転手も一人雇わなければならない。卸を始めればコストがよりかかってしまうんです」

 

店を開けていると当然いろんな費用が出ていく。人件費や賃料もさることながら、店舗の増改築となれば営業許可や衛生許可などの許可費用が必要になる。また、上海はなんだかんだと禁止事項も多いので、網の目をくぐる専門ブローカーにも依存しなければならない。それがゆえにスケールのある展開が妨げられているのだ。

 

この古北新区は常に開業と廃業を繰り返す街だ。せっかく出した新店も1年後に閉店になっていたりするのはざら。業績が出せないこともあるが、強制立ち退きもある。店舗を貸す大家さんの胸先三寸で、日本人経営者はかなり振り回されている。

 

そんななかで、蜂蜜おじさんは、04年からほとんど変わらぬ賃料を維持している。賃料高騰の上海では奇跡に近い。金銭にはシビアな中国人の大家さんですら、「これだけ売れてないならしょうがない」と彼から金を取れないでいる。

 

上海なんだからもっと派手にやればいいのに、と歯がゆく思う人もいるかもしれない。だが、筆者は、蜂蜜おじさんのように経営者自ら現地に住み、中国語を身につけ、自分の考えで商売をするケースは注目に値すると思っている。

 

自分の目の届く範囲をしっかり固めるガンコ親爺の牛歩ビジネス、それが掴んだものは、あぶく銭などではない、水面下の静かなクチコミがつなぐ堅実なビジネスなのだろうと思う。