上海、今年は「スィーツビジネス」がイチオシ

                               姫田小夏

 

行列のできる店、というのは上海、わりとあちこちで見かける風景である。とにかく人が多い、というせいでもある。また、慢性的に食べ物を欲しているせいでもある。彼らは「空腹」であることを嫌がる。何かで胃袋を満たしていないと健康に悪い、と思っている節がある。そのため、すいた小腹を10元以内で満たせる「お手軽なうまいもの」を求める傾向が強い。

 

地下鉄構内には食べ物屋がところ狭しと軒を並べる。2000年代初めにマカオから進出してきたカスタードパイ(蛋塔)はすでに市民の「いつものおやつ」に、またテイクアウト寿司も帰路を急ぐ通勤客に人気がある。

 

列車内もいつも誰かが口をモグモグさせている。路上でも食べ歩きはごく普通の習慣。オフィスでも、あるいは学校でも「飲み食い」は禁止事項ではなく、むしろ奨励されている。小中学校はおやつ持参で登校、大学でも、どんなに厳しい先生でも授業中の飲食までは禁止しない。

 

そんな上海では「テイクアウトのおやつ文化」が実によく発達している。上海の3号線「体育館」駅を下車し、漕渓北路を北上。この道は「食べ歩き」にはもっていこの、私の好きな道のひとつでもある。クレープ屋、シュークリーム屋など間口2間ほどのテイクアウト業態が軒を並べていて、いつもそれなりに列ができている。上海、「安くてうまい」を抑えた者勝ちだ。

 

こういう領域に、もっと日本のビジネスを持ち込んでみるのもいいのではないだろうか――。最近、上海のある日本人経営者Iさんとそんな話になった。彼は「食のビジネス」を中国で展開、食品スーパーを展開するのみならず、PB商品の開発や飲食業態まで「食」という分野を手広くカバー、この分野ではかなり注目されている日本人のひとりである。

 

12月、0度を下回りシンシンと冷える中、上海の老虹井路の端に加工工場を持つI氏を訪ねた。

 

同氏は松江市の出身で、実は私も11月に講演で松江を訪れていたことから、松江の茶菓子の話で盛り上がってしまった。

 

松江の銘菓に「山川」という菓子がある。単に長方形をした紅白の落雁だが、自分で割ったその形を愛でる菓子だ。割った形の造形に見いだす哲学的な菓子で、茶の湯文化の“ありのままの美”が投影されている。私の「お気に入り三代茶菓子」のひとつである。

 

私が現地で買ったのは、半透明の砂糖の衣で包まれた、宝石のような小豆お菓子(彩雲堂の「春秋」)と、しっとり感が桃色と黄色の色彩が美しい菓子(岡三英堂の「花けしき」)。また、「日本海」という即席汁粉は、当時の店主が日露戦争から生還したことを祝って作った汁粉だ。お湯をかけると中から日本と露西亜の国旗が浮かび上がってくるのがおもしろい。

 

松江市にはそんな日本の伝統菓子の文化が凝縮されている。

 

それを世界に売る、というチャレンジもある。

 

実は上海でも05年前後に松江名物の「どじょう掬い饅頭」http://www.nakaura-f.co.jp/doman.htmlが売られていたことがある。Iさんは「それは確かに売れました」と振り返る。

 

上海の物産展に招聘した松江の職人さんの、目の前で見せるひねりものの技術に中国人客は釘付けになったという。上海では、ごくたまに路上で自転車をひいた“しんこ細工のおじさん”を見かけるが、こういう手作りを感じられる売り方はほとんど皆無に等しい。

 

手応えを感じた関係者らは、その後「松江から冷凍にして上海に持ってくる」ことを思いついた。「冷凍で空輸」では金がかかりすぎたので、I氏はその後、加工工場で作ることを思いついた。それなりの条件のいい工場が見つかった。I氏の、「職人さんを中国に連れてきて作ることができれば」の期待も膨らんだ。

 

日本から職人さんが派遣されて来た。ひねった饅頭を上海では4個で18元で売った。もともと日本では4420円で売られていたから、価格はだいぶ安い。

 

「正直、これはとても売れた」(I氏)という。しかし、なぜ商売として続かなかったのだろう。

 

「職人さんが帰国した後、商品にカビが生えるようになったんです。本当に不思議なことなんですが、いくらマニュアル通り作ってもどうしてもダメだったんです」

 

そしてお客さんから3回クレームが来た時点でこの事業を打ち切ったという。無念。

 

放射能汚染もあり、日本からの輸出が難しくなる一方で、上海市場はどん欲に「新しい味」を所望するようになっている。

 

この機を逃すのは惜しい。すると結論は一つしかない。自ら市場に乗り込むことだ。間口二間ほどの店舗を借りて、バックヤードに加工場を設ける。設備投資は看板、装飾品、そしてまな板。そんなスモールビジネスならイケるだろう。1店舗にかかる費用は100万円程度で済む、とI氏も言う。小さなスペースで「持ち帰り」。ケーキでもいい、たこ焼きでもいい、鯛焼きでもいい。上海のどん欲な胃袋は次なる日本のチャレンジャーを待っている。