埼玉県の県立高校生との交流から②

                                  姫田小夏

学生の語学教育、待ったなしの改革

 

日中ビジネスの定型化したトラブルに終止符を打つべく、「自前の中国語人材育成」が待たれている。自前の中国語人材とは、「日本人の中国語人材」である。

 

 以前から筆者は「日本人の中国エキスパート」すなわち、「日本人の中国語人材」を積極的に養って欲しいと繰り返し訴えてきた。中国人の日本語人材も大変優秀なのだが、日本の企業はそれに過度に依存しすぎてきたという反省からでもある。

 また、国家的に外国語人材を養成してきた中国に対し、日本はその意識が低い。中国では語学の専門人材の育成を通して、その相手国との架け橋役となるエキスパートを国として養っているが、これら人材は民間ビジネスの底辺にまで広がり、ビジネスのグローバル化の下支えとなっている。

逆に日本は海外ビジネスに通じる日本人人材の「徹底的な育成」を怠ってきたのではないだろうか。また、どこか気持ちのなかで「中国なんて」と真正面に向き合おうとしなかった点があったことも否めない。日中間の経済のボーダレス化が急速に進む昨今、前述したように、中国を深く理解する日本人人材の養成は日本全体の火急の課題であると言える。

 

 早晩、この遅れを何とか取り戻さなければならない。すると話は教育の現場にまでさかのぼる。今から「次世代」の養成に取りかからないと間に合わない、そんな危惧感は筆者だけが抱くところではないと思う。

 

 埼玉県立和光国際高校での、中国語を勉強する高校生らとの交流はすでに先に触れたが、見方を変えれば、彼らこそが次世代の日中の架け橋になれる「日本人の中国エキスパート候補生」でもある。社会はその点にもっと評価を与えるべきだろう。

ちなみに、私は「彼ら79人がどんな気持ちから中国語を勉強し始めたのか」をアンケートさせてもらった。

 「なぜ中国語を勉強しようと思いましたか?」にこんな答えが帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いまどきの高校生」とはいうものの、みんなよく世の中の動きをとらえ、またそれを自分の人生に重ねようとしているのだな、と思う。

 特に感心したのは、「中国語は一番身近な言語」だととらえている点だ。相変わらず欧米志向が強い中で、「中国が日本にとって無視できない隣国」であることを、彼らはこの年齢にして意識しているのだ。また、「中国語で現地の人と話がしたい」という回答も貴重だ。ビジネスであろうと外交であろうと、グローバリゼーションのすべての原点はここから始まるのではないだろうか。

 親や兄弟の影響というのも結構あるようだ。中国出張に出るお父さんが珍しくなくなった昨今、その「背中」を見て育つ子どもも少なくない。また、「日本に来る中国人が増えた」から中国語を勉強したい、というのも昨今の時流の変化を浮き彫りにする回答だ。中には「ディズニーランドで働いて、中国のお客さんに笑顔を届けたい」と発言する生徒もいたし、「ホテルウーマンになって中国のお客さんを迎えたい」という発言する生徒もいた。こうした純粋な動機が経済を動かす原動力になる。

 ちなみに以下のような回答もあった。

 

せっかく「和光国際高校」に入ったので

中国語の発音はきれいだと感じたので

自分が進みたいサービス業で役に立つと思う

中国の映画文化に興味があるから

中国語のドラマにはまったから

父親が駐在していたから

経済発展を遂げる中国と日本は今後関わりがより緊密になると思ったから

これからは中国の時代になると思うから

中国語を話せる友人に刺激されたから

世界が注目する中国のだから

日本語と比較しながら勉強してみたい

世界中で中国語が使われているからから

国際交流に貢献したい

将来、日本と中国は仲良くなると思うから

 

私は外国語を習得して初めて「現地化」できると確信している。ビジネスの現地化、商品の現地化、グローバル化に「現地化」というキーワードは大前提となる。だとするならば、日本人の「留学経験」を企業はもっと高く評価してもいいのではないかと思う。そして日本人の若者はもっと積極的に海外で学んで来るべきだと思う。

大切なことは、社会はあるいは大人たちは、こうして存在する「志高き学生たち」をちゃんと育て上げようという明確な意志を持つことだと思う。昨今、日本の若者が留学しなくなった、就職できなくなった、就職しても社会からドロップアウトするようになった、などのニュースをよく聞くが、しかし煎じ詰めれば、日本人の若者がダメなのではなく、それを育てようとしない社会が問題なのだ。

 

上海では幼稚園から英語教育を始める。日本の中学1年生が教科書で習う程度の会話はここで「学習済み」となる。高校生では第二外国語を、大学では実際に「使える英語」を身につける。大学院で使う数学のテキストは英語だが、この難解な表現も、彼らはこの時点で読解できる能力を身につけている。

 

早晩、日本人の若者はこうした中国の学生たちと限られた席を争わなければならないことになる。

私も常に自分の娘(今年4月から高校生)に伝えてきたのは、「あなたのライバルは日本にはいない」ということだ。中国人との競争にどうやって勝つか、という意味ではライバルだが、同じキャンパスで机を並べ、或いは一緒に職場で仕事をする同志にもなる。さらにはどうやって企業を発展させるかの目標をシェアする相手ともなる。

「隣国中国人」との競争は欠かせないキーワード。彼らはライバルでもあり、同志でもある。そのとき、「中国語も英語もできません」ではダメなのだ。 

これだけ日本人のウィークポイントがはっきりしているのから、あとは実行するのみ、だろう。教育の現場での改革が待たれる。少なくとも現在の倍速の進度で授業を進め、難易度も上げていかないことには、中国の若者と互角には闘えない。果たして姫田が言ったことが本当なのかどうか、ぜひ先生方も中国の教育現場をご覧頂きたいと思う。そのための橋渡しが必要ならば、いくらでもお手伝いしたいと思っている。