なぜ162人全員が助かったか。 大震災時、女川町で津波に遭遇した中国人実習生

                            姫田小夏

東日本大震災から2年たった今日、上海でも中国のメディアは朝早くから、被災地を取りあげたニュースが続いています。日本の報道の焼き直しではありますが、仮設住宅の住人、幼稚園の先生、ゴミ処理場で働く人など、被災地の今を伝えています。

 

中国にとっても東日本大震災は他人事ではありません。当時、東北地方で働いていた中国人も大きな影響を受けました。

ご記憶にある方も多いのではないでしょうか。震災の報道にはこんな記事もありました。

20人の中国研修生を避難させた佐藤充さん、直後津波に呑まれる」――

それは、宮城県女川町で水産会社を経営する佐藤さんが、地震発生直後、津波を警戒し、20人の中国人研修生を高台に避難させた直後、津波に呑み込まれて帰らぬ人となったことを伝えるものでした。

他方、このニュースは中国の人々にも大きな影響を与えました。このときはまだ20109月に起こった「尖閣問題」がくすぶっていて、なかなか日中両国が正面から向き合うことが難しい時期でした。国民もまた日本の政治や経済、外交の動きに厳しい批判の目を向けていました。

ところが、佐藤さんのこのニュースだけは例外でした。そして多くの国民が、 HYPERLINK "http://www.fideli.com/t/6663" \t "_blank" ブログや書き込みで佐藤さんに冥福を捧げました。「もし報道が本当なら、この日本人に敬礼したい」、「尊敬的佐藤先生、私たちは忘れません。奥さんとお子さんの冥福をお祈りします」、「感動した、実は日本人の多くはやっぱり善良だったんだ」、そんな書き込みが多数現れました。

「我先に」が当たり前の中国で、佐藤さんの行動を通し、日本人の善良さが多くの中国人に伝わった瞬間でもあり、中国人の心を大きく揺すぶった出来事でもありました。

皮肉なことではありますが、こうした大惨事をきっかけに、日本と中国は再び手を取り合うきっかけを掴んだと言っても過言ではありません。

さて、佐藤さんの命と引き替えに、研修生20人は全員無事だったわけですが、実は「当時女川町で働いていた中国人実習生162人は1人の犠牲者も出さず全員無事だった」というのです。女川町の人口約1万人のうち、800人以上の死亡・行方不明者を出していたにもかかわらず、中国人実習生が全員無事だったことは奇跡でもあります。
筆者の手元に「なぜ162人全員が助かったか 大震災時、女川町で津波に遭遇した中国人実習生」というブックレットがあります。これは日中友好協会泉支部の支部長を務められている高橋礼二郎先生が手掛けられたものです。

そこからは女川町の町民や企業、そして研修生との絆の強さ、逆境においても失われることがない日本人と中国人の信頼関係が垣間見られます。

目下、同書は中国語対訳版の出版を模索中ですが、これは中国で経済活動を進める日系企業、そして中国の協力企業にとっても日中理解を進めるための優良なツールとなるでしょう。同時に、中国語や日本語を勉強する若い世代にとっても、日中関係の今を問う大切なツールになることは間違いありません。

ご関心のある方はぜひお問い合わせ下さい。日中友好協会泉支部 電話 022-372-8277