一時代が終わった中国だが

                               姫田 小夏

姫田さんはこれからどうされるんですか――

 

これは最近、週刊誌や経済誌からよく尋ねられる質問のひとつだ。

 

「これからも引き続き中国を見続けるのかどうか」という問いである。

もちろんその答えは「是」。「これからも中国を上海から定点観測します」というスタンスには変わりはない。

 

だが、これには「中国への期待は過去に抱いてきたものとは異なっている」というコメントを付け加えたい。

 

かつては確かに中国に寄せる期待や夢というものがあった。「チャイナドリーム」という言葉がメディアでも多用されたように、あのとき、あの時代、確かに中国には希望というものがあった。少なくとも上海万博までは世界の期待を一手に集めてきたのが、中国であり上海であった。

 

また、そこには「いい意味で変わろうとしている中国」があった。怯むことなく改革に挑む姿は、むしろ、日本人こそが学ぶべき姿勢では、とそれを鑑としたときもあった。

 

国民みんなが前を向いていた時代でもあった。国際社会もまた中国の奇跡を前向きに評価していた。それが経済発展著しい、黄金の2000年代のことだったと私は理解している。

 

しかし、それは過去のものとなった。というより、一時代が終わった、という実感がある。

 

その一方で、私は「この国は本質的に何も変わらないのではないか」と危惧感すら強めている。

 

交通ルールを設けてもなし崩し、不動産の価格上昇を抑え込む政策を打っても元の木阿弥、「インフレは改善した」と報道されるも肝心な勤労世帯は物価高で生活困窮・・・。それはあたかも堂々巡りの無限ループ地獄に陥ってしまったかのようで、もはや解決の糸口を見いだすことは不可能に近い。

 

広い国土と膨大な人口を抱えた国家だけに、その舵取りは大変難しく、八方ふさがりを打開する政策が追いついていないのが現実、果たして中国社会は前進しているのか、後退しているのか、私はそれを複雑な思いで見つめている。

 

「変化」もある。それは大国意識の高まりである。Arrogant Chineseと言う言葉が頻用されるようなことにもなれば、中国は確実に友を失い孤立するだろう。先日、中国・広州経由で日本を訪れたインド人は、「中国人は傲慢すぎて嫌だ」と断じた。中国にとってよき理解者であるはずの、日本からの「中国留学組」「中国駐在組」もまた、複雑な心境を吐露するようになっている。

 

さて、日本のビジネスマンは現地を訪れれば、歓待を受ける。彼らの表情や歓待振りは、「いつもと変わらぬ中国ビジネス」を強く印象づけるだろう。「うちの会社は大丈夫、現地はうまく行っている」、そんな感想を持って帰国の途につくだろう。

 

しかし、現地社員の気持ちも移ろいやすい。中国側のパートナーも「機を見るに敏」なわけだから、1年前の考え方を維持しているとは限らない。日本からの出張者は、しかしながら、周囲の妙な気遣いにより、正確な情報を把握せずに帰国するというケースもある。

 

だが、日本企業が闘う中国ビジネスの舞台は、上述のように時々刻々と「変化」しているのである。

 

筆者は、こうした現地の変化を伝えるのが、アジア・ビズ・フォーラムの役割の1つだと認識している。少なくとも、私たちはこのアジア・ビズ・フォーラムというプラットフォームにおいて、なるべく「加えもしない、減らしもしない」、ありのままの中国、ありのままの現地事情を伝えたいと思っている。

 

そのとき現地で見たこと、聞いたこと、そして感じたことが、日本企業の経営判断のヒントになると信じているからである。

 

同時に、成功事例の共有も進めて行きたいと考えている。

 

確かに、問題続出の中国ではあるが、100人いれば100様の、「中国との関わり方」があるはずで、それが結果として「近江商人の三方よし」(売り手よし、買い手よし、世間よし)につながっているのなら、それは万々歳である。こうした事例をひとつでも多く共有することは、アジア・ビズ・フォーラムの理想とするところである。

 

向き合うに難しい中国だが、粘り強く相対していく、それが私個人のスタンスであり、また、アジア・ビズ・フォーラムのスタンスでもある。