仏教はアジアに共通するキーワード 中国との間にも“共通言語”が構築される?

                               姫田 小夏

中国仏教界、その本質は残念ながら“金儲け”だ。仏教といえば、いまや格好の商売ネタであり、中国仏教協会の副会長も嘆くほど乱れているのが現状である。その詳細については来週公開のJB pressにてお伝えするが、その一方で、信仰篤き人々も存在することをこの稿でお伝えしたい。

 

今年830日、上海からのある団体旅行客が関西空港に到着した。単なる買い物ツアーとはわけが違う。このツアーは、江蘇省徐州にある『華夏伝統文化学校』の学院長を団長とし、主な参加者は同校の教師や学生、“古寺参拝”をテーマとする珍しいものだった。

その旅程表を見せてもらうと、9日間の日程のすべてが「寺院巡り」だ。一行は、永平寺をはじめとする曹洞宗の寺、高野山の金剛峯寺、比叡山の延暦寺を訪れた。「いまどき珍しい」の一言である。

 

筆者はこのツアーを企画する中国人男性と面会した。彼は次のようにその思いを語ってくれた。

 

「今、中国人は“心のやすらぎ”を求め始めている。社会に対しては礼儀正しく、自分の生活に対しては欲を抑えて、という価値観が芽生え始めています。中国がすでに失ってしまった“古き良きもの”を日本に訪ねるツアーなのです」 

 

一方、浙江省寧波市鄞州区では、仏教思想を広げるための観光地開発が進んでいる。同区には、中国きっての名刹・天童寺がある。

 

天童寺は日本の曹洞宗の源流のみならず、日本の臨済宗もここを祖庭にしており、臨済宗開祖の栄西、曹洞宗開祖の道元、水墨画でも有名な雪舟ほか、32人の日本の高僧がここ天童寺を訪れたという歴史がある。

 

日本人にとってもゆかりある寺であることから、今後ここを舞台に、日中の仏教交流が深まることが予想される。

 

かつて、中国人が抱く日本のイメージは、非常に乏しかった。ソニーや日立、トヨタやホンダなどのメーカーの名前は知っていても、日本人の本当の姿はほとんど理解されていなかった。

 

だが、情報化時代を迎え、インターネットを通して日本の状況が手に取るようにわかる今、日本人の精神文化にも触れようとする人々が中国にも増えた。

 

筆者はある大学院生から「日本の仏教を一言で言うなら?」と突っ込まれたこともあった。また、こんな言葉をかけられたこともある。

 

「日本人には、実は感謝してるんだ。中国から伝わった文化を、そのままに残してくれているからね」

 

その日本に、中国から仏教信者が訪れる。ぜひ、日本人のひたむきな信仰に目を向けてもらいたいものだ。

 

尖閣、仏教的見地から

 

さて、日中の仏教界の交流は、地味ながらも今に至って存続している。日本の宗教学者であり、国際日本文化研究センター名誉教授を務める山折哲雄氏は、今年8月に無量寺(長野県塩尻市)で開催された座禅会で、次のように語った。

 

「昨年9月、反日運動の真っ最中に、武漢師範大学を訪れました。武漢は日中戦争の激戦地でもあるんですが、そのとき、同大学の学長はこう言ったのです。『こんなときこそ文化交流だ』と・・・」

 

ところが今年春、山折氏はある国際会議に出席するため再び中国を訪れたが、そこでは様子がまったく異なっていたと言う。

 

「日中友好の歌と言えば千昌夫で、かつては一緒に合唱したものでしたが、今年はついにこれを歌うことはありませんでしたねえ」

 

時間の経過とともに、従来柔軟に受け止めていた中国の有識者の考え方も硬化していることが伺える。中国仏教界といえども思想的に独立しているとは言い難く、中国仏教協会はしっかりと中国共産党の管理下におかれている。そのため、政治とは無縁ではいられない、というわけだ。

 

しかし、もう一度、仏教的見地という高みから、この日中の対立を俯瞰したらどうだろう。

 

中国の天童寺に学んだ道元禅師が残した言葉に、次のようなものがある。

「這頭(シャトウ:こちら)より那頭(あちら)を看了し、那頭より這頭を看了す」

 

前出した無量寺の住職であり、日本の高僧のひとりである青山俊董尼によれば、これはこういう解釈となる。

 

「1つのことを考えたり行ったりするときも、近づいてみたり離れてみたりというように距離を変えてみる。立場を変えてみる。さらには時間をかけてみる。10年、20年、一生という長さから展望したらどうか、と。見えなかったものが見えてこよう」

 

仏教的な心の余裕を持てば何かが変わるだろうか。アジアに共通するキーワード“仏教”を介して、中国との間にも“共通言語”が構築される日が訪れるのだろうか。@@@