日本人ビジネスマンの「日本のメディア」への不満

                          姫田 小夏

「ネットの世界とリアルな世界、そこには相当のズレがある」――、1月29日はそんなことを痛感させられた夜だった。

 

この日は当フォーラムの新年会だった。参加者の顔触れはアジア・ビジネスに関心のあるビジネスマンが中心である。僭越ながら、私も年頭所感で「異なる意見、異なる見方がクロスする会を目指したい」とスピーチさせていただいたが、会の後半は「今の日本は多様性を認めない、危うい社会だ」といった発言が続出した。

大半のビジネスマンが、日本のメディアの中国報道のあり方を批判したのだ。

 

「最近は日中の外交に偏重する報道ばかりだ。現状の報道からは(ビジネスマンが必要とするような)中国の現地事情がまったく把握できない」(日本のシンクタンク幹部)

 

日中にまつわる報道は、尖閣諸島に始まり靖国参拝に至るまで、最近あまりに政治外交問題に偏重している。それ以外のトピックスはどこに行ったのだろうか、という疑問だ。

 

また、こと中国については、その視点を“右”から見るのか、“左”から見るのか、嫌中か親中か、の二元論に固定化しているのが特徴だ。そこからは“第3の視点”はすっかり欠落してしまっている。グローバル時代を促すような議論が深化すればと思うが、残念ながらそれとは逆行するかのようなムードだ。

 

過去のイデオロギーの呪縛、海外経験を持つ記者や編集者の不足なども影響しているのであろうが、それ以上に、「部数が出れば」という売上至上主義が、ますますその視点を“非多元的”なものにさせてしまっているようだ。先日、筆者は某紙記者と会ったが「この1年、嫌中ネタを出せば即売れた」と興奮気味だったのが印象的だった。

 

筆者は常日頃から、「日本人ビジネスマンが認識する中国事情」は「中国人ビジネスマンが認識する日本事情」に劣る、ということを実感し、それを危惧している。中国に対する議論の在り方は旧態依然としており、日本人の視点は時流の先端を行くもの、とは言いにくい。日本のビジネスマンの情報不足はグローバル化進展の妨げともなる。これをして世界の脱落者とならなければいいが、と気が気でない。

 

日中メディアの違いはどこに

 

さて、当会は「本音で議論を闘わせる」ことを最大の特徴にしているが、日中を往復するあるコンサルタントの指摘は興味深いものがあった。

 

「中国人は、中国のメディア報道は安易に信じてはいけないことを知っている。日本人はどうだろう、鵜呑みにしていないだろうか」

 

その昔、中国の新聞といえば、『参考消息』しかなかった(※消息は、中国語で「情報」の意)。これは内部の参考資料として共産党幹部のみ読める、といった性格の新聞だった。それが当時、中国唯一のメディアだったわけだが、それが今ではバラエティに富むようになった。しかし、大手メディアももとをたどればこうした“共産党系”のものであり、その内容は党の宣伝色の強いものでもある。中国人は中国の新聞をその性質上、「信用に値しない」と認識しているようだ。だからこそ、彼らは自分で情報を取る。その情報を取りやすくするため、互いにネットワークを張り巡らせるのだ。

 

他方、日本の大手メディアには「日本の一流誌」「天下の大新聞」などの枕詞がつくように、日本人にはどこかメディアを崇拝するところがある。また、メディアの選択肢もウェブ上のものを除けば極端に少ない。

 

筆者は同席の若手ビジネスマンに「中国情報を何からゲットしているか」と尋ねた。するとその回答は「ヤフーニュースですね」。なるほど、クリックしてみるといまどきは「PM2.5」や「H5N1ウイルス」などのネタが目を引く。その他中国情報もある。だが、スポット的に統計数字を追う記事が中心であり、そこから中国の現地の息遣いを感じ取ることは難しい。

 

他方、中国には新聞も数えきれないほどの種類があり、硬派の雑誌も少なくない。テレビのチャンネル数も三桁はある。特派員は全世界津々浦々に散らばり、くまなく情報を網羅し、瞬時にそれを伝播し、中国のニュース番組は24時間365日、休むことなく世界の出来事を伝えている。筆者自身、日本に戻ると急に世界の動きから取り残されるような気持ちになる。日本では海外情報が本当につかみづらい。

 

日中間の摩擦がますます中国の現地事情を見えなくする。ウェブ上には中国専門コラムも少なくないが、アクセスランキングという仕組みが、却って書き手の「読者の顔色伺い」を促すことにもなっている。いまどき読者が喜ぶのは決まって嫌中記事であり、書店に並ぶ本もほとんどがそれだ。

 

だが、筆者はこうして互いに向き合っての議論を通して、実は決して「嫌中」だけがニーズではないことを知るのだ。むしろ、リアルな世界においては「されど中国」の機運すら感じさせるものがある。日本企業もどこかでギアチェンジが入ったようだ。

 

「アジアで何かビジネスを興さなければ。とりわけ中国は外せない」

 

「中国企業はどうなっているのか、中国で今何が起こっているのか、それを知りたい」

 

これらは、政治や外交とはまったく違うところで、民間企業が別の流れを形成していることを示唆するものでもある。

 

「現在の日本は二項対立だ」と危惧する発言もあった。これに呼応して「社会は多様化することでむしろ安定するのだ」との発言もあった。

 

プラスかマイナス、良いか悪いか、好きか嫌いか――、それ以外の議論を許さない今の日本社会の行く末が気になる。冒頭に述べさせていただいたが、せめて当会では「異なる意見、異なる見方」を受け入れられる土壌を養っていきたいものだと思う。